SFする?


・時間

SFにおいて時間は非常に重要な要素の一つです。いまだ人類の科学では解明できない 時間というものは、面白い素材ではあるのですが非常に扱いの難しい要素となって います。果たして時間とは何なのか、これは永遠の命題かもしれません。いつか時間を 解明できる日が来るのだろうか、そのような哲学的思考は物理学者にでも任せておいて SF的時間の考察をしてみましょう。
果たして時間は閉じているのだろうか、この問題は時間の概念における宿命かもしれ ません。時間が無限過去から無限未来まで単純に流れる一次元の存在であったなら、 それが素材として扱われることはないでしょう。一つの概念として時の輪という 考えがあります。時は輪のように繋がっており、無限未来は現在の直前、無限過去は 現在の直後と言うことになり、全てはこの輪の中で完結していると言うわけです。 全ての事象はこの輪の中で閉じており何度も巡り巡って行くわけです。たとえ死んで しまった愛する人も、無二の親友も、遠く時の輪が接触するところで再び巡り会 える。悲しみに震える勇者にとってそれは力となるのでしょうか。
さて、この時の輪には発展型である時の球体が存在します。時の流れは一つではなく、 無限の時の輪が球状に重なり合っていると言った概念です。時の輪がただ一つの場合、 全ての現象は毎回同じ過ちを繰り返し無限に続く地獄となってしまいます。もし 無限の時の輪があれば、前回と同じ過ちを繰り返さなければ時はそこで分岐し、異なる 未来が開けてゆくことになります。選択肢による結論が無限にあるのなら、未来も 無限に存在するのです。そして我々は、犯してしまった過ちさえ無限の時の彼方で やり直すことができるわけです。うれしいではないですか。でも前回と今回が有った ことさえ記憶にはないわけですから、同じ選択を繰り返し無間地獄に陥る恐怖が付き まとうことになります。果たして、この全てを記憶する意識は神と呼ばれるものなの でしょうか。
我々の物理学では、時は単一のベクトルで表されます。一つの軸で単調に流れる時間は、 超重力や亜光速でどのように歪むのでしょうか。果たして時間軸はひとつで良いので しょうか。もし、時間が三つの軸を持つ三次元の存在だとしたら、話は大きく膨らみ を持ちます。一次元と考えていた時間の流れが無限に存在する、それも縦と横に。 全ての時間は近いところではよく似た流れを示し、遠く離れたところでは異なる形相を 見せる、これこそ平行世界の概念となります。現在の世界と異なる世界が無限に存在し、 同じように流れている。近くに存在する平行世界は、よく似た世界で構成も似通って いるため、よく似た宇宙によく似た人々がよく似た歴史を持っている。でも何かが 異なる。もし、遠く離れたところに有る平行世界を比較したなら、全く異なる世界と なるわけです。この三次元時間に存在する特殊関数を解明できれば、無限に存在する 世界を自由に行き来できる、それこそSFなのです。もちろん、自分が意識するしない にかかわらず、巨大な歪み、時間のブラックホールやホワイトホール、超越した存在 により平行宇宙を漂ってしまう可能性も有るわけで、もちろん通常これらの困難に 振り回されてひどい目にあうこととなります。
人類が存在する間に時を解明することはできるのか、少なくとも私が生きている間に 解明されてしまうことはないでしょう。もっとも、それを越えた存在と遭遇することと なれば話は変わってくるのですが。それこそ現実がSFを越えてしまうでしょう。


・光速と宇宙

私たちは、アインシュタインと言うおっさんに「光速を越えることはできない」などと 言う途轍もない足かせを負わされてしまいました。相対性理論が重くのし掛かってきます。 物体を光速に近い速度で移動させると、その質量は無限大きくなる。我々の物理学では そうなります。でも我々は、物体を光速に近い速度に加速する技術を持たないわけです から、本当にそれが正しいのか実験することもできません。さらに光速近くに加速された 物体の時間は遅くなる、時間にズレができても宇宙は大丈夫なのでしょうか。SFでは 非常に高度な技術や概念で光速を越える移動を行います。空間そのものを曲げてしまっ たり、亜空間を用いて相対性理論に対抗しています。果たして、光速とは何なのでしょ うか。
宇宙は閉じていると考えられています。見てきたわけではないのですが、宇宙は無限に 広がる永遠の空間ではないのです。ビックバーンで無から生まれたわけですから、限界が 有るのは当然で、その向こうにはまた無が存在しているわけです。この無とは我々の 概念での無ですので、知っているものがなにもない、時間も空間存在しない無である わけです。逆接的には知らないもので満たされているのかもしれません。この無に関し ては、到底理解を超えてしまいますので、単純に「無」と呼ぶことにします。無から 何かのきっかけで突然降って沸いた我が大宇宙は、閉じた空間となり、この場所からの最 遠方はぐるっと廻ってここに帰ってきます。もし、この大宇宙が安定した永久の時を持つ 存在であるとしたのなら、今ここで放った光は、はるかな時間後にここに帰ってくる ことになります。でも、その始まりはわずか一点だったわけですから、その時小さな 宇宙を満たしていた光は一瞬に駆け巡り全てを満たしてしまいます。そして、膨らみ 希釈された宇宙でも、光が一周廻って返ってくると言うことは、ビッグバーン以後大量に 発生した光子が宇宙にあふれかえってしまいます。まぁ、この宇宙には寿命があるので そんなことにはならないと言ってしまえば身もふたもないのですが・・・。そこで閉じた 宇宙でも、なぜ光が一周してしまわないのかと考えると、答えは簡単、宇宙の膨張 速度が光速に等しいからなのです。大量に発生した光は、同じ速度で膨張する宇宙に 無限に拡散して行くために、希釈されてしまい闇を作ることとなるのです。
人が光速を越える方法を編み出したとき、この宇宙の基準となっている膨張速度を超える わけですから、空間そのものの移動さえ可能となるはずです。つまり光のスピードを 越えた瞬間、宇宙のどこにでも簡単に移動できるようになるわけです。当然この場合 光速を越えるなにか、タキオンなんかが存在してはいけません。それは、光速を越えて さえなお加速する必要があり、ブラックホール以上の重量を持ったそこに宇宙全体が 飲み込まれ、全て終わってしまう事になります。現在の物理学で矛盾しないように SFするためには、苦労が絶えないことでしょう。
それでも私は遠く離れた宇宙の彼方に行ってみたい。宇宙の彼方か時間の向こうから、 超越した存在が迎えに来たのなら、喜んで全てを捨てて付いて行くことでしょう。


・神と悪魔

いまだ、降臨せず。


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