OSバージョンが低すぎてブログは断念しました(W) 

本間図書舘



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ボログ・ホンマタイムス(ホンタ) No.183__2009年1月17日(土曜日)
『ありふれた奇跡』

 1月8日からフジで始まった山田太一さんのドラマを見ている。公式サイトに載った構想の弁にも痛く共感した。
「人間の力なんてごくわずか」「今の日本に生まれたからこうして平和に生きているけれど、戦場となっている国に生まれていたら毎日を死の恐怖に怯えて暮らしていたかも」「この世は“ありふれた奇跡”」「どうにもならないものに囲まれて僕たちは生きている」
 そんな山田さんの止むに止まれぬ気持ちのほとばしりから生まれた今度のドラマ。ドラマタイトルでもある『ありふれた奇跡』は、素敵な若者たちが、その奇跡(偶然とも出逢いとも読み替えられる)を不器用なりと懸命にはぐくみ、成長していく過程がさわやかに描かれる。
 「これが最後の連続ドラマ」という山田さんの時代や人に対する諦観にも複雑な共感を抱いてしまった。「足るを知る」という美徳もそうだが、果たしてこの国から他人の痛みを思いやる心が失せたのはいつの頃からだろう。

今回記事は、訂正したバージョン違い(行数同じ)の別建てリンクを同時アップしてお送りします
お薦めリンク更新しました

―『夢車』第3回を読む―
―上記“バージョン違い”を先に読む―
―第1回から読む―


ボログ・ホンマタイムス(ホンタ) No.182__2009年1月14日(水曜日)
イスラエル、破滅への足音

 イスラエルには全人口に行きわたるくらい核シェルターがあるんだそうだ。いったん核戦争が起きれば、この地球上に放射能を免れる場所なんかどこにもないというのに。
 その安心と慢心のせいだろう、シオニズムとは人間を「われわれ」と「やつら」にふるい分け、「やつら」を追い出そうとする政治思想だそうだ。自分たちが被ったホロコーストを、自分たちが被ったからこそ、今度はパレスチナ人に返すという理屈になるんだそうな。
 イスラエルの辞書に「協調」や「共生」や「連帯」なんて言葉はないんだろうな。
 [田中宇の国際ニュース解説]「ガザ戦争で逆転する善悪」を読んだよ。そこでの結論、“中東大戦争”が行き着く先は第三次世界大戦なのか。イスラエル自滅の道はイコール世界破滅の道なのか。
 世界はパレスチナを見捨てた。イラクも見捨てた。その時点で世界は倫理的には終わっている。人類は今が滅び時なのかも知れない。

田中宇の国際ニュース解説「ガザ戦争で逆転する善悪」
モジモジ君の日記。みたいな。「本気でイスラエルがかわいそうだと思うなら」

―『夢車』第2回を読む―


ボログ・ホンマタイムス(ホンタ) No.181__2009年1月11日(日曜日)
みのもんたの存在こそ犯罪

 日比谷公園を本拠地にした“年越し派遣村”の活動は、格差の谷間に泣く人々に生きる勇気を与えた快挙なのに、これに攻撃を加えるマスコミがあるという。みのもんたに代表される動きだが、大企業の派遣切り実態を詳しく伝えず、「努力が足りない」「権利だけ主張」それが高じて派遣や野宿者を「怠け者」と斬り捨てる文脈の主張は犯罪的世論誘導だ。
 ネットで「あいつを殺せ」と書けば、名もない市民でさえ教唆で逮捕される時代だぞ。社会的に影響力のある人気タレントの発言は殺人の引き金にもなる。ホームレス襲撃は後を断たず、現に派遣村開村期間にも不幸な野宿者が殺害される事件があった。マスコミの扇動が影響しなかったと誰が言い切れるか。この場合みのもんたは実行犯で、放送した局は主犯だ。
 生存をおびやかす表現の自由などあってはならない。害毒でしかないバカワイドショーなど無用。謝罪だの撤回だのという次元ではない。法に照らして処断すべき!

エッチサイトの小説書きに時間を割かれ大幅遅れの更新。m(_ _)m
 今日の記事は「高校生エッセー」(笑い)とくさされた一文。でも、上げるにあたって読み直したけど、「ミニコミ街頭販売」を描いた1回目はなかなかのもんだよ、とまたまた自画自賛(笑い)。

―『夢車』第1回を読む―


ボログ・ホンマタイムス(ホンタ) No.180__2009年1月2日(金曜日)
それでも負けないで!

 大晦日深夜、何年ぶりかで見た『朝まで生テレビ』――。
 今回視聴者参加は、首を切られた当事者もたくさん呼んで発言させているから、派遣切りのムゴさがより具体的に知らされ胸が痛むが、親会社のいいなりで通常単価の5割、3割でも引き受けざるを得ない中小零細の実態もまたムゴかった。
 チンケな自営の身でも分かる。DTP製版でも、同業者がタダみたいな値段でやってる実態はタイプ屋時代の昔にもあった。しかし社員持ち、家族持ちにそんな芸当がいつまでできるわけもなく、体力(余剰利益)が尽きればまた値上げせざるを得ず、その後は身軽な俺にまた仕事は戻るとタカをくくっていたものだが……。
 2009年。派遣が易々と切られ、中小零細企業が軒並み倒れ、無数のあたら働き手が路頭に迷う姿がこれほどリアルな現実感を持って迎えた年はないというのに、政治はいつまで無能を続ければ目が醒めるのか!

―ホンマのリアル年賀と古ネタ・4を読む―


ボログ・ホンマタイムス(ホンタ) No.179__2008年12月28日(日曜日)
歳 月

 これから旧友を迎える。ダンナさんも、息子も一緒に。
 彼女は島田療育園座り込み闘争の時には“戦友”でもあった。当時俺が住んでいたアパートの四畳半に泊まり込み、マスコミ連絡、支援の手配りなどを一人で引き受けた裏方だった。
 すでにバックナンバーとなったNo.170/11.27の記事(1985年の二百字日記)を思い出していただきたい。そこで二百字日記を上げるきっかけとなった彼女関連の記事、お産で帰った郷里で、生まれた子に心臓の障害があることを知った落胆、不安――。
 その子が成長して今年24歳になったとのことだが、思えば今のマンションで暮らした歳月が、その子の成長歳月とほぼ重なるのだ。
 ゆうべその子から直に電話をもらった。「明日、行きます」と。
 もうすぐその子が来る。かつての“戦友”と、その素敵なダンナさんであるお父さんと一緒に元気な顔を見せに来る。

―ホンマの年賀状・3を読む―


ボログ・ホンマタイムス(ホンタ) No.178__2008年12月25日(木曜日)
HPづくりのよすがに


 今年のXマスはケーキよりこれを見てもらいたかった。もう一つサイトの、(つまりSMエッチサイトの)俺の小説ファンからである。
 プレゼントなんてもらい馴れてないので、これが届いた時は嬉しくて嬉しくて。
 以来、これを支えにホームページづくりの“よすが”にしている大事な“宝物”でもある。

今日は古ネタではなく、リアル書き下ろし記事

―黒澤追悼『七人の侍』エッセー(7)を読む―


ボログ・ホンマタイムス(ホンタ) No.177__2008年12月23日(火曜日)
ホンマのコーチャン(笑)

 一昨日のウェブ版東京新聞にアーチボルト・コーチャンなる人の訃報が載った(14日死去。94歳)。フルネームでいわれてもピンとこなかったが「ロッキード事件」のコーチャンと知ってやっと納得、ついでに田中角栄の名も思い浮かんだ。悪党でも94歳まで生きりゃ本望だろう。
 事件では受託収賄罪なる言葉も有名になったが、汚職なんてのは事件性も犯罪性も、見た目も聞いた風にもカッコ悪すぎる。おらが国サの超有名人も最期は情けない幕切れだった。
 ところで最近どこのブログも発言に元気がなさすぎる。牙がもげたのではなく、政治や犯罪があまりにも幼稚で漫画チックで、真面目に批判するさえバカバカしいからだ。ここまで末期症状じゃ笑うしかないっしょ。
 そうしてかつての悪事基準もトーンダウン、角サン評価もますます上がるわけだ。
 じつは「ロッキード事件」の頃は俺もコーチャンと呼ばれていた、毎日通った秋葉原の印刷会社の同僚たちから(笑)。

今日上げる「『七人の侍』論(6)」は、字数・形式とも「シネ・インデックス」に部類されるものです。「またか」といわないでね(笑)。

―黒澤追悼『七人の侍』エッセー(6)を読む―

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