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台東区内に住む障害者と運動した雑居同盟は機関紙を「BeLL」といった。副題に“Be
Living Liberty”、英語が大の苦手の俺の命名だ。おかしいかおかしくないかは知らない(w)。 *記事番号は「No.100」を飛ばしてあります。 |
| 年に何十本映画を見たと自慢するヤカラがいる。金もヒマも余っている方ならご自由にどうぞ。金もヒマもない俺など、そんな役にも立たない見方は出来ない。ではダメな映画、いい映画を見分ける判断基準は何か。 ふるいの掛け方も色々あるけど、大雑把には監督――自分と傾向が似ている監督。または仕事を選ぶ一徹役者(テレビCMなんかに頻繁に出ている奴はダメで)、この2つは相乗効果となり、いい監督はいい役者を使い、いい役者はいい脚本を選ぶ。 俺など小説の参考にドラマなどもよく見るのだが、クズを何十本見たって何の益にもならない。いい映画を何度も見る。あらゆる角度から愉しむこと。回を重ねるごと新しい発見を見つける喜びにも出逢える。 そうして養った審美眼で、これまでほとんど外れた試しがない。 |
| 念願の若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』を今日観てきた。 感想は後日として、また映画館の話。 体内留置の結石のせいではあるまいが、昨日より頻尿傾向。その悪条件下、3時間余りの長丁場な映画に一瞬はたと怯んだが、溲瓶(しびん)の助けで事なきを得た。アソコに尿器を当てたまま終映まで――客の混まない平日時間帯で良かった(w)。 その地下への階段介助、年輩の職員のおぼつかない足取りに車イス(70キロ)と俺(30キロ)を分けて運んでもらった。皆、愛想良く親切だった。なにが嬉しいといって人の親切と触れ合う時ほど心地よいものはない。 設備の完備で勝手に、自由にでは味気無さすぎる。新宿、池袋、渋谷など、建物の古さの余りにバリアフリー化が行き届かない街とは、それゆえアンバリアフリー時代の心の温もりが随所に感じられる街でもあるのだ。 |
| つくづく「あの頃の俺は“運動”してたんだよなあー」と思う。 心は常に武装していた。駅で電車に乗る際に介助を頼み、「付き添いはいないのか」と問われた時、必ず「いない」と答えること。「次からは付き添いを付けて」と駅員にいわれた場合の対応――マニュアル設定は常に「一人なんだ」「付き添いなど付けたくてもいないんだ」という情況設定。そこだけに自分を追い込んでおく。カッコ良くいえば「退路を断つ」だ。 面白かった。こちらに理がある以上、しぶとく食い下がれば最後には必ず勝つのだ。 大音声でやり返し、周りを黒山の人だかりに変えたことだってある。体力での喧嘩は出来なくとも智力での喧嘩は出来る。それが一人でやる障害者運動の醍醐味だった。みんながそれをやれば良かった。物だけのバリアフリーなどより、その方がよほど心を伴ったはずだ。 |
| 障問(月刊障害者問題)時代、つくづく「俺は野次馬だなあ」と思った。だが、野次馬だからこそ見えるもの、言えることがある。 障害者の集会へ行って言語障害の発言に通訳を要求し、障害者である俺自身が「差別者、出て行け!」と烈しく恫喝されたことがある。「本間さん、あなたの今使った言葉は差別語ですよ」と真面目な顔で指摘されたことなどは数多だ。 労働組合の大組織である総評傘下で障害者団体が一つできた。取材と称して合宿にも参加したが、食膳に並ぶ酒肴に驚いた。それを遠慮するどころか、「これで俺たちも一人前の組織人」と自負めいた感慨にふける参加者がいたことに二度驚いた。そうして、初期の志も理想もやがて一敗地にまみれていくのである。 その後、労働組合はどうなったか。障害者団体はどうなったか。そうしてあの当時の叫びは、運動は、闘う心はどこへ行ったのか。 |
| 『靖国』上映問題も、一部右翼団体とその代表らの努力により議論の場も持たれ、全国公開の運びにもなった。東京は1館以外は直接抗議活動もなく、ただびくびくと影に怯えての上映禁止、それが話題づくりでこうなった点では、実に「なんだかなー」な展開でもあった。 それにしても、左だ、右だという対立は、いいかげんやめにしないか。反吐が出る。 昔は同じ左派がセクト主義で対立したり殺し合ったり。そこまで行かなくとも、大局的に見れば実に些末なことでいがみあっていた。差別語に関していえば共産党が差別語を使おうとしていたのに対し、反共産党系はゴリゴリの差別語反対だった(w)。これは可笑しかった。 障害者団体もきれいに分かれており、そこでいつも思うのは、「こいつらほんとに困ってるのか」「分裂できる余裕がよくあるなあ」という疑問だった。その疑問は今も続いている。 |
| 久しぶりの深夜の地震に、一時、心までが震えた。 まず、1時2分に小さな地震があった。 そして2度目が1時45分―― 風呂から上がって横になって間もなく、最初の小さな揺れの後の大きな横揺れ。必死にいざって行って玄関までたどり着き、また汗くさい下着をガイコツの身に着けつつ「すぐ治まる、大丈夫大丈夫」と呟き、怯えていたのは裸で焼け出される恥さらしでも死ぬ危険でもない。 大地震後をおもんぱかる余りである。 「階段を誰に頼って避難するのか」「屋上に上がった後はどうなる」「電気も止まりトイレも使えない」「車イスもなく移動はどうする」……そうした諸々の“一方的に人の世話になるしかない身”の不自由さと遠慮の“針の筵”、つまりは障害の身を痛感する懼れである。 俺の地震嫌いの大元はそこに尽きる。 今日の“障問”は幸せを望まれず殺された命を描くTVドラマ放映への一石――。 |
| 家々の門戸を叩いて訪問、新聞の勧誘ならぬ機関紙の勧誘をしていたことがある。 民青を経て共産党の党員となったからには、れっきとした赤旗である。いまは、「しんぶん赤旗」だ。新聞をひらがなで書くところが共産党らしいではないか。 しかしいっこうに大衆の心を掴めない。 社民党は、元は社会党ともいった。この社会党と共産党が手を組んだことは多かった。左翼の蜜月時代である。 いや、それどころではない。 共産党は創価学会=公明党と蜜月だった時期さえあるのだ。その頃は今太閤ともいわれた角さん田中角栄総理の天下だった。 いい時代だった。少なくとも、大衆運動、住民運動、障害者運動といった市民参加型運動の全盛期でもあった。 |
| 22年前、火事で焼け出された時、600万円の保険金に入っていながら「危わや!」というところだった。罹災証明書の申告額が350万円くらいにしかならないのだ。それでは満額でもそれしか下りるはずがない。 困った。高い金を払ってきた掛け捨て保険が文字通り掛け捨てのまま終わるのか…… と突然、担当者との口証文を憶い出した。 「ほらね、タイトルも時間かけて1本1本レタリングして、全作コマーシャル抜き、市販のビデオもかくやと見まごう(?)仕上がり。これだけ手間暇かけ、また再現するなんて容易じゃない。だからこれにも掛けて!」 そう言って泣きつき、約束させたビデオ。1本に付き1万円掛けさせたライブラリーが600本。罹災証明は一気に950万円に跳ね上がり、600万円満額が下りたのだった。 |
| 1年前の今日、「強制猥褻、強盗致傷容疑」によるガサ入れで外付け含むパソコン関連を押収された。少し前まで大口仕事を抱え、即日犯人逮捕とならねば会社を1つ潰すところだった。 当初「エッチサイトのせいか」と思った。刑事も「これがノーマルなら来なかった」とほざいた。が、それは大嘘だった。 犯人が犯行を誇示して現場に落としたプリント――それはブラウザ画面に強姦場面をハメ込んだ合成で、“壁”に転用されたのが俺が開設しているサイトのページ、しかもそれはエロでもなんでもないページだった。 断じて言っておく。素材はエロでも鬼畜でも暴力や政治弾圧は肯定していない。それを投稿規定にも盛り込んであり、外から貼れる画像掲示板はない。犯罪要素はほぼゼロのサイトに直接アクセスも確認もせず、ただ遺留品に付いていたURLだけで踏み込んだのだ。 確率は宝くじか交通事故か知らないが、誰もが司法被害者になりうる時代ということだ。 |
| きのうネット散策の途次、映画生活というサイトを覗き『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』のレビューを読んだ。 驚いた。こてんぱんにケナすつもりの同作を、16本のコメントのほとんどどれもが絶賛。「入魂の一作」「近年稀に見る大傑作」といった手放しのほか、「すでに3回、まだ観る」という熱烈ファン。これはいかなる現象か!? 俺なりの感想は別に控え、ここでは「通常封切作より200円高い料金」「190分という長尺」を含む内容以前の批判として「休憩時間の幕間に関連ニュース映像を垂れ流し」「劇場フロアの壁を使っての“連合赤軍写真展”(?)」「一冊1470円の分厚いパンフレットを付けた」ことの3点をさらに付け足す。 映画は完成したフィルムが全て。それ以外の添え物で内容や評価の補足を求めるなど邪道。“楽屋落ち”まで売り物にするメイキングが流行るなど、映画も“終わった”ね。 |
| 百円ショップでふだん愛用の歯磨き粉を見つけた時、「こんな大きさで何故?」と驚いた。が、キャップが旧来のネジ式で腑に落ちた。 ビデオの時代は留守録機能が付いても、それを使うことは皆無だった。その名残りが高じて、CM飛ばし機能に発達しても居ながら録画にこれ努めた。それこそ“襟を正し”“居ずまいを正す”心境で録画保存に臨んだ。 物皆オートメ化の現代(いま)の世に「『おしん』が可哀想だ」と放送局に米を送ったり、「テレビの中で小人が動いている」と信じ切るおばあさんなどいないのは当然だが、便利さ、自由さを尊ぶ精神は忘れたくない。 DVD、ハードティスクに発展したビデオ機能、またパソコンを経て今に至るインターネットの驚異的な情報環境、その恵みの豊かさに感謝する人などどれだけいることか。 少し元に戻ってみないか。「なんでも科学」と割り切る心は寂しすぎると思わないか。 |
| 広河隆一責任編集DAYS JAPAN最新6月号が「処分されるペットたち」を特集した。ふだんは戦争報道・難民問題が主流の本誌では珍しいことだが、“人間の業”と“命の軽さ”を伝えて一脈通じ、涙なくしては読めない。 殺処分を請け負う動物愛護センターに連れてくる人々の理由は「噛む」「吠える」「繁殖」「飼い主の病気」や「引っ越し」の他、「家族で旅行したい」「血統書を信じて買ったらボロ犬(雑種)が生まれた」……そうしてペットたちは「ドリームボックス」と呼ばれる部屋に追い込まれ、炭酸ガスで殺されるのだ。 記事で二度泣けたのは、職務で殺処分を行う職員家族を「犬殺し」と呼び、子は学校でイジメまがいの追求を受けたりするという。物事の一面しか見ない心ない人々の仕打ちに、ちょっと前話題になった「崖っぷち犬」「崖っぷち猫」の“愚劣”が頭をよぎった。 DAYSの特集にほだされ、こんな記事を拾った。 |
| 俺はずっと中途障害者のことを、「生まれつきはもちろん幼い頃からの障害者と較べて“生きにくい”だろうな」と思っていた。健常な時期は障害者になることなど想像もつかず、それどころか差別したかも知れない。その“向こう側の人間”に突然自分がなったのだから……。 電動車イスに替えて似た思いを味わった。 バリアフリーなど夢の時代、国労(今のJRの組合)にさえ――否、職制(国鉄当局)は認めていた。だが国労こそは組織原則にのっとり、「労働強化」となる車イス一人乗車を組合方針として拒否し続けてきた。 その当時、手漕ぎの車イスだった俺が“お情け”で「うんこらしょ」と運ばれる横で、労働組合員である駅員によくいわれたものだ。 「あんたはいいよ、まだコレだから。それを電動車イスなんかで来るのがいるんだよ」 と。それを思い出せば“針の筵”だった。 |
| ミニコミ障問では「面白さ」を追求してきたが、それはあらゆる俺の原点でもある。 書くことの面白さ、読ませることの面白さ、そして生きることの面白さ。そこに「売らんかな」精神があったことは事実だ。三種の認可条件の一つが500部という発行部数で、一部100円での採算にも、その数を売る必要があった。とはいえ、それが全てではない。 そこでのエンターティナー性とは人生にも運動にも通ずるとは思わないか。より多くの人の心を掴む真髄こそが、あらゆる発展の原点であり、源泉だとは思わないか。 そのことを顧みず、否、本当に広めたいなら考えるしかないのに、「差別されている者(当事者)の痛みを感じない者は味方ではない」とする硬直性、独善性がすべての運動の発展を妨げてきたとは思わないか。 仲良しクラブできる身を太平楽という。 |
| インターネット交流では顔や心が見えないという。外見的な意味でいうなら顔は当たっているだろうが心は違う。なぜか。 所在も素性も分からず、メール一本の絆など逃げようと思えばいつでも逃げられる、その双方が書くことに何のこだわりがあろう。 問題はそれがリアルに発展する時だ。 ミニコミ時代、文通を経て読者と「会いましょう」となった時、相手が女性なら「決して美人を期待してはいけない」と自分に厳しく課した。低俗にいえばブスを想定した。 ヤケドだけは想定外だったため面と向かった視線が怯んだ。「しまった」と思った時は遅かった。その瞬間、多分彼女を傷つけただろう。後に彼女は盲人と結婚したとのこと。 『星の王子さま』に「大切なものは目に見えない」という名ゼリフがある。死ぬまでに、その大切な何かが見えるかどうか……。 |
| 何によらず、俺は昔からヒロインが真っ向切って大活躍する話が好きだった。ただし、気が強いだけの男勝りと上昇志向、女権がどうとかいう堅物なんぞは屁でもない。 時代劇ドラマはボンカレーの宣伝で有名な松山容子の『めくらのお市』。71年放映というからには差別語狩りの受難にも遭ったろう。一昔前には「ゆるしませぬぞ!」が決めゼリフの『琴姫七変化』も好演している。 小説では生田直親の『東海村原発殺人事件』。巫女や神主の登場で神事の難解さにやや退けるものの、女剣士斉木花野(かや)の凛々しさは忘れ難い。俺の小説のヒロイン像は花野へのオマージュといっていいほどだ。 そして映画はなんといってもコレ! ヤクザもヤクザの情婦もクソ食らえで「ゴクツマ」など見るだに聞くだに虫酸が走る。だが、この二人は別。いつかこってり、それぞれ単独で研究論を書きたいほどだ。 |
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これの前の更新時、まさか以前にはよく行ってた秋葉原で7人殺害、10人重軽傷という通り魔事件があったとは。だが犯人の職業から「派遣」総体を否定、誹謗する2ちゃん始めネットカキコの酷さにこそ唖然とした。 *今日の俺の記事は雑誌「記録」からの一篇。 |
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一人の人間の孤独と不安と弱さ脆さ――。 *今日の記事は“レトロシリーズ”第二弾。 |
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昨日付ウェブ東京新聞の記事――。 |
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33年間住み慣れた台東区から多摩市に引っ越すことになりそうです。引っ越し理由は、 *記事は過去の引っ越し話。 |
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若い時は思い切ったことを平気でやる。 |
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昨日、多摩に行った。 |
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ネットで商売を始めることになった。といって海のものとも山のものとも分からない。 |

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気の利いた文章が浮かばないので、32年前の夏に撮った写真―― |
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ニュー・アキバで友だちと待ち合わせ、某レストランビルの串焼き屋で痛飲した。 *記事は『愛康舎物語』三回目(完結) |
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観たい観たいと思っていた映画をとうとう観た。しかも「客席最後尾のまた後ろ」「優先席じゃなく隔離席」とまでいった映画館、ではなくて昨年10月オープンした同系有楽町シネカノンの2丁目。これによりゴミ売会館ビルのは1丁目となる。 *特別リンク |
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前回記事の映画観がいかに久しぶりだったかは帰りの道を間違えたことでも分かる。映画館から遠ざかったのはアンチ・アメリカンを決め込んだせいだろうって? |
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自炊生活突入は、おそらく今日のエッセーを書いた翌年くらいで、定食屋通いは1年くらいしか続かなかったことになる。狭い店内、周囲の迷惑そうな雰囲気に耐えられなくなったというのが本音だが、そう思ったのも勘違いで、単にこちらの弱気かも知れない。とはいえ気詰まりで食うメシが身体にいいはずがない。 *と書きましたが、このコメントのしばらく後、見事に腐らせたことがありました。当節“減塩梅干し”では防腐効果もいちじるしく減退、過信にはくれぐれもご注意ください。 |
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先週録画したサスペンスを体操のオカズに見ていて吹いた。突然『七人の侍』のパロディCMが現われたからだ。豪雨の中の血戦で菊千代が野武士の種子島(鉄砲)で撃たれる衝撃篇、「イクサだべ? おら、どーなってもええだ!」と百姓娘が若侍・勝四郎に抱きつく熱愛篇とのセット30秒のクリップに超、吹いた。 |
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今日、映画の試写ハガキが届いた。 |
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引っ越しは多摩市ではなくなった。 |
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ハガキの付言「“消防法規定により満員”の際は入場お断り」に、まずカチン。しかも160分もの長丁場の映画にトークショーの抱き合わせ企画。さらには会場入口は階段というから“人質同然”、すっとぽけて映画だけ観て帰るわけにもいかず、だったら「見るか!」。 |
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もうすぐオリンピックである。うるさいことだ。今回は開催が中国のこととて、嫌中勢力のブーイングさらにかまびすしく、まことにウザ暑い夏の到来ということになる。梅雨が明けてもなんにもならない。 |
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今回都営住宅の募集で、希望と条件に合うたった2件の1件は共用部分の玄関に計8、9段の階段があって即、没。もう1件は新宿戸山ハイツだった。一見してエレベーターもあり段差横にはスロープ。使えそうだ。 |
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民営化後の郵政が信じられず都営住宅の申込用紙を渋谷にある係まで持参した。希望の戸山ハイツは約400倍!――難関というよりむしろ絶望だ。障害者になったこと自体大ハズレだから今さら気にしないが。むしろハズレ運の挽回を総動員してかかればいつか当たるかも。 |
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「人々がスポーツに感動するのは勝ち負けに関係なく、そこに選手たちの人間ドラマがあるから」と、8/11日付東京新聞コラム『筆洗』は「子育てと柔道の両立めざして北京五輪で銅」の谷亮子の“偉業”を讃える。 *今日の記事は『チョムスキー9・11』の感想のような…… |
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深刻な民族問題を抱え、それを五輪がらみの国家の威信のもとに弾圧、また不幸にして8万人にも迫る犠牲者数を生む大震災。チベット暴動がアジア人の対立を目論む、どこぞの戦争好きな国の差し金としても、オリンピック熱に浮かれる時かと言いたい。 |
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「近日公開」と予告したまま1年もすっとぼけていた障害者芝居(といういいかた抵抗ありますね=笑い)『忠治意外伝』――こんどこそは見ていただける運びとなりました。 *今日の記事は前回掲載「全障連、運輸省に突撃」とのセット記事 |
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障害者が差別語連発の芝居――ということでテレビや新聞、それもスポーツ芸能紙までが取り上げ、「すわ!マスコミの“寵児”」(笑)とまで錯覚した。ただ、それは一瞬の“ゆめ”だった。そのことを最近、某インターネット新聞コメント欄で書き、「キツイですねー、この世という名の悲しいジョークは」との感想。そこでまた、はたと思い出した。 |
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黒澤を天皇と呼ぶ人がいる。作品のためならなんでもゴリ押しする我が儘者とみなす人々がいる。だが、妥協を許さず、完全主義に徹するなら、芸術家としても創作家としてもそれ以上の矜持はないだろう。それを責める法がどこにある。 |
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『七人の侍』でこんな場面がある。野武士襲来に備え、百姓・侍が一致結束しての戦闘訓練。その最中、一人の百姓家から落ち武者狩りの武具が大量発見。侍たちを愕然、激怒させ、侍の一人は「村の奴らを斬りたくなった」。 |
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小心翼々、そのクセ、戦乱となった暁には竹槍かついで落ち武者狩り。そんな百姓を「斬りたくなった」とうそぶく侍の一人に吠えかかる百姓出身の菊千代。「百姓ってのはな」の一連のセリフに続くあとのセリフ―― |
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『忠治意外伝』は実は歴史公証もきちんとしていた。本エッセーにも出ている、“忠治倒れる!”の背景の史実もだが、芝居の中で子分の安造が忠治から出される退職金の一両。 |
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淀川長治さんというと洋画解説が主流みたいだが、実は黒澤明も「寅さん」も褒めていた。そういえば淀長さんが亡くなったのはいつだろう、と思って検索したら1998年11月11日、やはり今年が没後10年だった。 |
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障害者と付き合うのは高くつく――冗談混じりに言った友だちの弁だ。 |
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あー、やっぱりちゃんと書いてたんだねー、こんな恐ろしいことを……何かといえば今日紹介する記事のこと(苦笑)。 |
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パソコン歴10数年といいつつインターネット接続すら業者まかせ。「いつまでもそんなことでどうする」と大反省、最近、モデムのトラブルを機に電話サポートでの復帰を試みた。 *今日の記事はホンマの若さ(青さ)るんるんともいえる記事(w) |
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引っ越しを控え、レーザーディスクの処分を始めた。いちばん最近(といっても10年近く前)買ったディスクの画質の良さに驚き、そのまま捨てられずダビングを思い立った。皮肉にも金輪際見ないと決めたハリウッド映画は、フランシス・フォード・コッポラ監督『ゴッドファーザー』三部作、全9時間分の超大作。 *今日の記事はホンマの若さ(青さ)るんるんともいえる記事・続編(w) |
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引っ越しを機に、今度こそビデオというビデオを完全廃棄するため、これはというライブラリーのデジタル保存に精出している。 *今日の記事は麻生違いの麻生が悪役の「革新大敗北」記事(w) |
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昨日は――いや、一昨日はびっくりした。 *今日の記事は前回「革新大敗北」とのセット記事 |
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〈この作家の作品は点訳されているのだろうか。盲人には読めているのだろうか……〉 *今日から連日更新「ホンマの引っ越し」話! |
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昨日、ダビングした中から「4時間で消された村」を引っ張り出し、ベトナム戦時の有名な事件、ソンミ虐殺を扱ったドキュメントをついつい最後まで見通してしまった。 *今日も忙し「ホンマの引っ越し」! |
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午後一番に電器屋が来た。 *引っ越し戦線に暗雲兆す!? |
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アジアを中心に国外で売れそうなテレビドラマ作品に贈る第一回「東京ドラマアウォード」。その単発部門グランプリにタケシの『点と線』が選ばれ、16日発表されたという。 *今日の「引っ越し話」は、公費が暗礁に乗り上げた!? |
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ベータ処分にダビングした中に、土曜ワイド劇場第一回作品『時間(とき)よ止まれ』(早坂暁脚本、1977年放映)があった。その前も90分枠の洋画劇場で、つまり土ワイの初期は2時間ではなく90分ドラマだったのだ。 *「引っ越し話」も、引っ越しの準備もマジ疲れてきた(w) |
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ひさしぶりの雨――その中を上野まで電車に乗った。エレベーターでいっしょになった女性の押すベビーカー、すっぽりとフードに包まれた赤ちゃん車の可愛いさ頼もしさに「俺も乗りたいよ」と埒もない冗談を洩らした。 *気をとりなおしての上野通い、今日はなぜか呑みたい気分で…… |
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きのうは失敗をやらかした。 *引っ越し狂想曲、毎日が非日常 |
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パソコンを置く大机の下には三段引き出しの小物ケースのほか、お釜や睡魔に襲われた時、頭を倒して休める枕やゴミ箱まで――。またここに週刊金曜日とデイズ・ジャパンの入ったカラーボックスも置くつもりだ。 *やけ酒なのかなんなのか、引っ越しで酒量多し! |
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今も新居で東急ハンズで切ってもらった棒材を1箇所2箇所と机の縁に貼り足し、コードを落とす隙間を作ってきたところだが、あらかじめ測ったはずの60センチ四方の小机―― *今日は「モノを大事にする心ってのも困る!」(w)という話 |
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連日お知らせした通り、引っ越しが一昨日行なわれ、たいした被害もなく(多分=笑い)ほとんどの荷物が10階から5階まで移動しました。移動してないのは本人のみ(爆)。 |
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新居部屋はまだ自分の部屋のような気がせず、落ち着きません。がしかし、使い勝手の悪さも慣れで乗り越え、日々、名実自分の“城”として鍛え上げられています。 |
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台東区側の春日通りは厩(うまや)橋から始まって上野御徒町に至る。その間の新御徒町から蔵前交差点に至るまで、ひと昔前はあちこちで道路が掘り返され、連日連夜、ドリルの音が響いていた。2つの通りが交差するメインストリート沿いの賃貸、10階の窓にも地下鉄工事の槌音は騒々しく聞こえていた。 |
| 管理人引っ越しで10月31日〜11月5日までADSL環境が中断され、その後の環境整備などから一定期間の更新ができませんでした |
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あー、腹減った(笑い)。 *記事は、30年前の「“民営化”施設問題」(w) |
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麻生自民と小沢民主のパフォーマンス政治で国会が空転する中、ついに“政治テロ”が連続した。昨日、埼玉と東京で元厚生事務次官夫妻らが殺傷される事件が起きたのだ。 *今日は、前回「障害者の自立を踏みにじるな」とのセット記事 |
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盲導犬というと苦い記憶がある。 |
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どんな人にも、その人の人生があり、ドラマがあり、その人だけの小史がある。俺にもそれなりの歴史というものがあった。ただ、今、その記録を目にすると、恥ずかしいことだらけだ。23年前といえば34歳。それでも未熟、不熟、修行の足りなさが目に余る。 |
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ここ2、3日、22〜23年前の日記の主だった部分(手書き)をパソコン入力し直していた。 |
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「事実は小説よりも奇なり」ということばがある。 |
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32インチ液晶テレビに大枚ハタいて失敗した。ライブ番組の映りは良くても、DVD−Rや市販ソフトでさえムゴイ映りで見られたものではない。アキバ店員の一言を心に留め、「液晶で映画なんか見てないだろうな」とけなす2ちゃんカキコを見て勉強しておくべきだった。 *今日の記事は… |
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さて、年の暮れといっても、世間はコンビニもスーパーも年中無休で昔のような風情が失われて久しい今日この頃。ただ、10階の2DKから5階の1Kに下りて迎える今年の俺には、とりわけ感慨ひとしおの去る年来る年となるでしょう。 |
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今日紹介の記事には「途中下車」というタイトルが冠せられているが、これを書いた31年前は車イスがいったん乗った電車から、気まぐれに途中下車するなんて不可能だった。付添がなければ駅員の介助を受け、どの便のどの車両、どの位置と決められ、目的駅ではまた駅員の介助により改札を抜けるまで自由はない。 *記事はミニコミ障問1周年(31年前)での交通問題レポートとしての小田急問題後追い |
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障害者だから障害者の心が分かるかというと、そう単純なものでもない。障害者の中でも軽度重度の差別があるからだ。 |
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一昨日のウェブ版東京新聞にアーチボルト・コーチャンなる人の訃報が載った(14日死去。94歳)。フルネームでいわれてもピンとこなかったが「ロッキード事件」のコーチャンと知ってやっと納得、ついでに田中角栄の名も思い浮かんだ。悪党でも94歳まで生きりゃ本望だろう。 *今日上げる「『七人の侍』論(6)」は、字数・形式とも「シネ・インデックス」に部類されるものです。「またか」といわないでね(笑)。 |
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これから旧友を迎える。ダンナさんも、息子も一緒に。 |
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大晦日深夜、何年ぶりかで見た『朝まで生テレビ』――。 |
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日比谷公園を本拠地にした“年越し派遣村”の活動は、格差の谷間に泣く人々に生きる勇気を与えた快挙なのに、これに攻撃を加えるマスコミがあるという。みのもんたに代表される動きだが、大企業の派遣切り実態を詳しく伝えず、「努力が足りない」「権利だけ主張」それが高じて派遣や野宿者を「怠け者」と斬り捨てる文脈の主張は犯罪的世論誘導だ。 *エッチサイトの小説書きに時間を割かれ大幅遅れの更新。m(_
_)m |
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イスラエルには全人口に行きわたるくらい核シェルターがあるんだそうだ。いったん核戦争が起きれば、この地球上に放射能を免れる場所なんかどこにもないというのに。 ● 田中宇の国際ニュース解説「ガザ戦争で逆転する善悪」 |
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1月8日からフジで始まった山田太一さんのドラマを見ている。公式サイトに載った構想の弁にも痛く共感した。 *今回記事は、訂正したバージョン違い(行数同じ)の別建てリンクを同時アップしてお送りします |
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俺がぜんそくの頃、主治医はよくクスリを変えた。これなら長期に効くとか、こっちの新薬が有効といって変えさせた。だが、そのほとんどが合わず心悸昂進を起こしたりして自分からやめた。体操励行などでクスリ効果を発揮させ、結果クスリにも病気にも決別できた。 |
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私憤を義憤に変えることはたやすい。だが義憤を公憤に転化するには知識力、分析力、一定の洞察力も必要だ。ただ、洞察過剰な正論は本来必要な勇気を鈍らせることにも繋がる。 *お薦めリンク更新しました ガザ・リンクを追加しました |
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最近、あちこちのサイトを覗いて気が滅入ることだらけだ。 |
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2月4日のウェブ東京新聞[私説・論説室から]は「『私』が存在しない国」だった。自分を主張しない、平均化だけ気にするこの国の人々を指した記事かと思った。 *そろそろ年貢の収め時か……なーんてなことを書いては同情引くんですね(失笑)。ンなことはありません、まだまだ元気(嬉)。 |
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週刊東洋経済の「テレビ・新聞陥落」によると、テレビ在京キー局5社の広告収入が激減、日テレは上場以来初の営業赤字に転落、遠くない将来、朝日・毎日・読売・関西の准キー局4社で再編・統合が予想されているとか。 |
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ほうれん草のおひたしを欠かさず、肉よりは魚という食生活で快便にも恵まれてきたが、時々口内炎がでるのはまだ偏りがある証拠。 |
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“中川昭一とコンパニオン記者”の下賤な関係をマスコミがどれだけ報じているか識らないが、タダで読めるfc2版[世に倦む日日]が最新、准最新で一件を通して“読める”マスコミと権力の癒着を、ネットで氾濫する情報が虚偽入り乱れ、やがて真実が霞んで消えていく構造をからめ、歯に衣着せぬ論調で解説してくれている。 *お勧めリンクに2件更新。そのうちの[ジャンクキングの宣戦布告]は、「宣戦布告」といっても石原慎太郎や歴史修正主義者の一派とはなんら関わりはないどころか、それら勢力を殲滅せんと欲するサイトである(笑)。 |
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きのう起きたら電気ポットのアラーム表示が「HH」に! H2つは「お前はドすけべ親父だからな」と馬鹿にされてるようでした(笑い)。 |
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「名のみの春」とはよくいうけど、朝晩はまだ冷えびえとすることがあるけど、湯沸かしの湯も風呂の湯も以前の温度設定だと火傷しかねない。やはり春は春なのである。 *今日の記事は動物ものの1本。その第一回。 |
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ネットで知り合った者がゆきずりの女性を拉致し、殺害した。この事件の判決が出た。2人死刑。自首した1人は無期。今朝のウェブ東京新聞は判決を「やむなし」と断じている。 *近くこの希代の、無節操政治の延長でしかない丸投げ悪法・裁判員制度を睨んで、1月24日にテレ朝が放映した松本清張原作のドラマ『疑惑』の研究論文発表(笑い)を上げます。 |
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> テロを世界に蔓延(まんえん)させた“第一義的責任”が米中枢同時テロを引き起こしたイスラム原理主義者にある事実は変わらない。人道的、国際法的に許されぬ行為だ。(強調カッコは引用者)
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今朝、ヘリコプターの音に悩まされた。
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今日午後、あっちサイトの画像2点につき、ニフティから削除要請があって、あわてて検索かけて「どれだどれだ」と、その間にバッサリページごと消滅させられました。
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ゆうべ放映、テレビ東京『春さらば』(井上由美子脚本)なるドラマに仰天した。なんとシングルマザーのホームヘルパー(夏川結衣)が年寄り(市原悦子、原田芳雄)に詐欺を働く話で、このヒロインは「孤独な老人の親身なケアの代償」とばかり堂々としている。そういえばドラマの副題は“おばあちゃん、天国に財布はいらないよ”で、このセリフに該当する他の登場人物はおらず主人公の気持ちでしかない。
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今日はもう一つクリントン米国務長官が、日本を威嚇する北朝鮮のテポドンが日本海側の発射台にあると警告。拉致問題では日本の関係者感情を何ら考慮に入れず6カ国協議を進めてきたアメリカがいまさら何をの茶番である。
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関川秀雄監督の『ひろしま』を怖い映画とのみ記憶し、再見せずにきた愚を痛感する。全て子ども心のトラウマであり、これは別の形で生きて『ゴジラ』(54年作)もやはり怖かった。ラストシーン、伊福部昭のエンディング曲には「君が代」の一部旋律が使われていたとも思え、その事実もトラウマの意味も確認できた。 *DVDで出ています。
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一昨日、埼玉県新座の兄宅に行った。途中に迎撃予定のPAC3が展開移動した朝霞もある。
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ちょうど今ごろ……そう思って日記を見返したら明後日だった。イラクで高遠さんらが反米武装勢力の人質になった事件だ。自衛隊を撤退させなければ処刑するとまでいわれていた。 *オマケ(笑い)。 臨時ニュース臨時ニュース。ただいまの記事に誤りがあります。 虚報で騒がせ列島攪乱「来た! ミサイル」(2009年4月3日遅れの四月バカ) 青森県・深浦漁業協同組合の森長保組合長(68)は、集団操業中の漁船の位置を確認するため、何度も電話を手に取るが「漁の最中だから……」と心配“損”な“仏頂面”。漁を終えて秋田県・八森漁港に戻ってきた男性(58)は「今はメバル漁の掻き入れ時。“こんなくだらないバカ騒ぎで”漁を休むこと“など”考えなかった」と話した。町に流れるアナウンスなどには鼻もひっかけないでいた。 *註:
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