Guitarrero Juanito /ギタレロ ファニート ってどんな意味?」

Guitarreroはスペイン語でギター職人の意。(ギタリストと言う意味もありますが職人の世界ではそう呼び合っています。)Juanitoは私の愛称です。Junが本名ですがスペイン語で発音すると「フン」になってしまうのでスペイン語圏で使われるJuan「ホワァン」に愛称を込めてJuanito「ファニート」と呼ばれています。                   




ギター製作に至る簡単ではないプロフィール


 私がギター製作に出会ったのはメキシコに留学をしていた時の事だった。
メキシコシティーから350kmほど北部に、荒涼とした原野に囲まれた砂漠のオアシスのようなサン・ミゲル・デ・アジェンデというコロニアル様式の町がある。そこでギター製作家ルシオ・ヌーニェス・ナバ氏(現在はテキサス州、サン・アントニオで製作している)と出会い彼の工房で製作を学び、ギタリストと製作家の音楽で結ばれた幸福な関係に惹かれギター製作をはじめた。                  



 ルシオ・ヌーニェス・ナバ氏

 ギター製作を始める以前は高校で哲学を教えていた経歴の持ち主。
熊のような大男だが、繊細で盆栽、禅に造詣が深い。
現在は工房を米国サン・アントニオ
に移し製作している。

http://www.lucionunezguitars.com/index.htm
(ルシオ師のペ−ジです。)



サン・ミゲル・デ・アジェンデの風景

 
砂漠の中に美しいゴシック風建築物。
有名な美術学校があり、世界中から芸術家が集まっている。
砂の中の宝石のような町だ。
フォアン・ルルフォ、ガルシア・マルケスあたりの小説の雰囲気。
 


                  
 帰国後、弦楽器工房で修行後、スペインのグラナダにてアントニオ・マリーン・モンテロ氏の工房で学んだ。 グラナダはアルハンブラ宮殿を背に開かれた街で1492年にアルハンブラがスペインに陥落し回教徒が追放されるまで約800年間イスラムの影響を強く受けた街である。      



 
  獅子の庭

 アルハンブラ宮殿の中庭。獅子が噴水を担っている。この他にも宮殿には沢山の噴水設備があり、空白、余白がほとんど無いくらいに壁、天井に幾何学模様の彫刻が施されている。回教徒の建築技術、美的センスには脱帽。此所をハーレムにして毎夜毎夜、宴に酔いたいなどと不謹慎な事を考えてはいけません。
 注意!
宮殿内でのギター演奏は誇り高いスペイン人により原則禁止されています。残念・・・。
入り口前の公園でトレモロしましょう。

 

    

 グラナダはイスラムとヨーロッパ文化の融合の元でギターを生み出し、アントニオ・デ・トーレスがギター製作を始めた場所。例えるならギターのふるさとと呼ぶべき街だ。
 グラナダには以前より減りつつあるが、ギター工房が数多くあり職人達が互いに技術を磨きあっている。彼等はスペインのバレンシアの様にギターを量産する事を目的とせず、あくまでも手間ひまを惜しみ無くかけた楽器を丘の上のアルハンブラ宮殿に見守られながら、かたくなに作り続けている。その職人達の筆頭であるマリーン氏からギター製作の3つの秘密を教えられスペインより帰国後、長野県松本市に工房を構えた。
 1492年は又、コロンブスがスペインからアメリカ大陸に向かった年でもあった。ギターへつながる種が蒔かれたその年から500年後、メキシコで花開いていたギターに出会った。それからギター製作の種を宿し続けるグラナダで、ギター製作の過去と現在を見、自分の工房でどんな楽器を製作するべきか未来を考えつつ仕事をつづけている。                 

 
 

 
 マエストロ、アントニオ・マリーン・モンテロ氏

 1933年グラナダ生まれ。家具職人を経て製作家エドアルド・フェレールに師事。グラナダの伝統的な製作法を守りつつ、フランス人製作家ロベール・ブーシェと深い親交があり互いにパリ、グラナダを行き来し影響しあいながら、グラナダの楽器を世界に広めた。

(左から 私、マエストロ、ホセ・マリン・プラスエロ、ホセ・ゴンサレサス)




工房で製作される楽器について
『手工ギター』とは何?

 ト−レスに継ぐギター製作家としてエンリケ・ガルシア(1868-1922)が挙げられる。細部まで繊細さ極まるモザイク、造りの良さ、完璧なバランスと惹き付けられる音色。産業革命の浸透は皮肉にも職人の製作時間を削いでゆくが、その渦中でこれだけの仕事が出来たのは驚きである。ガルシアにはフランシスコ・シンプリシオという弟子がいたがシンプリシオを頂点とすれば彼の死後、製作技術は退化しているとわたしには思える。
  ギター音楽の世界的流行はスペインのギターの量産を促した。結果、工房の工場化、製作方法の簡略化が計られ、果てには個人製作者ラベルを工場の量産ギターに貼付けられたりもした。日本では、それでもスペイン製ギターは高価であったせいか、愛知、長野を中心に建具、家具等木工の中小零細企業がギター生産を行った。流行が沈静化すると一時の粗悪なギターは影を潜めたが、量産技術は残り『手工』と銘打ったギターでも量産的手法の楽器がほとんどになってしまった。この現象は日本だけでなく欧米諸国でも同様だ。
 一般的に手工品とされる楽器で『国産の楽器』と『外国製の楽器』の性能差を比較し『国産楽器』に否定的イメージを持つ方が残念ながら多い。製作者サイドから見れば国産の物は確かに量産的手工品が多く、輸入される楽器には純粋な手工品がある。(ただし外国製のものでも量産的手法の物がこのごろは存在している)。
 察するに手工品の性能差はいかにその楽器に作者の思いがこめられているかその量で自然に出てしまうと思う。思いを込めた製作というのは勿論、精神的な意味合いもあるが、経験上得られた知識を取り入れながら手間ひまを惜し気もなくかけられると言う意味である。
 時間的束縛なしに製作された楽器は独特な雰囲気があるもの。その特有な感触が弾き手に伝わった時はじめて楽器が『手工ギター』に成り得るのだと確信している。             


私の考える
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